【歴知隊~vol.46~(ご近所編)】

メリークリスマ~~ス

 

あっ、毎年恒例のケンタ○キーのチキンの予約忘れてた~~

今年はフ○ミリーマー〇のチキンにするか・・・

フ○ミマのチキンも美味しいそうです

 

 

 

 

 

さて今回はチッチの散歩中に偶然発見した、ちょっとした歴史? 紹介を!

 

 

 

近所ではありますが、通常の散歩ルートではなく、普段も滅多に通らないので意識

したことがありませんでしたが、道沿いに堤防?っぽい痕跡が。

 

 

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この先が東京湾ってことを考えると、やはりこれは堤防か?

 

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そういえば、この道の横に並行して、細長い公園があり、その公園の名前が

「北前掘公園」

以前は堀であったと予想し、公園へ。

 

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看板発見!

 

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ふむふむ

やはり35年前までは堀があったんですね~

 

 

 

 

 

航空写真で昔と今を比較

 

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★印が先ほど上記に掲載した公園の場所

 

 

 

 

現在の航空写真をズームイン!

矢印は堤防の痕跡があった道

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普段気にかけない道でも、所々にそこの土地の歴史が眠っているもんですね~

以上、ご近所の歴史探索でした~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ~

 

来年、長女が成人式を迎えます

成人式当日は友人たちとの集いがあり、家族など相手にしてもらえないでしょうから、その前

に家族写真を撮ることに。

予約したスタジオに行ったのですが、思った以上に撮影って大変なんですね~

よく、モデルの撮影でカメラマンがモデルさんの気分を乗せること言うじゃないですか、

あれと同じようなこと言ってるから、見てて笑ってしまいました

またオプションを追加すると、とんでもない金額になるので、ワイフが事前に調査していた

スタジオの近くの庭園? で撮影会を

 

 

 

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この時、次女がカメラマンと同じような台詞を言いながら、撮っていました(爆笑)

あ、この着物はワイフの成人式時にも着たものだそうです。

 

 

 

 

 

 

 

その後、両家のお爺ちゃん&お婆ちゃんも招待し食事会を開きました。

当然、全員の集合写真も撮影したのですが、ここでの掲載はやめておきます・・・

かわりに姉妹の写真を。

 

 

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何してんだ? コイツは??

 

 

 

 

 

 

 

 

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いろいろと苦労はありましたが、ここまでの道のりは・・・

長かったのか、あっという間なのか?? よ~わからんです。

まぁ、あと次女が2年後に成人式を無事に迎えることができたら、お役ごめん。

我が人生に悔いなし (結婚もか・・・)

 

 

【歴知隊~vol.45~(鎌倉前編)】

皆様、こんにちは!

まだあまり実感はないですが、気付いたらあと1ヶ月半で正月が

ほんと月日の流れが早いこと。

 

 

 

 

この画像は一昨年W君が掲載した写真。

事務所の前を雪掻きするK係長。子供か!(笑)

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そういえば、前回Wくんが第二の故郷を掲載したときに、甥っ子にプレゼントしたレインコート

姿とかぶる・・・

 

にしても今年は雪は降るのかな~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今回はワイフと訪れた鎌倉編をお送りしたします♪

久々の鎌倉。 何故鎌倉かと言うと・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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師匠が鎌倉を訪れていたからで~す!

最近は遠くまでロケに行ってしまうことが多くなったタ〇リさん。

たしかこの鎌倉編は5月くらいに放送されたかと思います。

タ〇リさんはサングラスをしてるから、ボカシを入れなくて済むから楽~~

 

 

 

 

 

そして私は6月に訪れました~

 

しっかし暑かった~

しかも、ここ最近、鎌倉はいろいろなメディアに取り上げられていて、観光客ですごい

ことに。江ノ電に乗るだけで、1時間待ち。(私たちは乗りませんでしたが)

 

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山側と海側の街づくりの歴史を案内人と周る企画で、まずは山側から

 

 

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ふむふむ

 

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まず、タ〇リさんが向かった先は、鎌倉駅から徒歩30分くらいのとこにある

【浄光明寺】

駅周辺にある地図には載っていませんでした。さすがブ〇タ〇リ、普通の観光地には行かない!

 

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私撮影

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何でもここ浄光明寺さんには15年前に大発見があったそうな。

それは

 

 

 

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この鎌倉中を描いた絵図。

15年前に近所の民家から発見されたそうです。

鎌倉時代(特に鎌倉中)の姿を描いた絵図というのは、これが唯一だそうで、この発見により

鎌倉時代の鎌倉中の様子がわかるようになったとのことです。

 

 

 

 

そういえば、拝観料を払うと時に

「あれですか? ブ〇タ〇リを観られましたか?」と尋ねられ、ちょいと恥ずかしかったことを

思い出す。

 

開き直って、タ〇リさんの後を追う為、裏山へ登っていきます。

 

 

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どれどれ

 

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ほー、これがトンネルだったのかー

 

 

 

 

 

 

 

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タ〇リさんは、凝灰岩だとズバリ的中させ、驚く案内人。

昔からですが、案内人が質問するたびに正解を出すタ〇リさんは、ほんと知識人。

前回の札幌編だったと思いますが、案内人の方が説明する前にほとんど答えてしまうから

案内人の方も困り果ててました。

 

 

 

 

その凝灰岩を触るタ〇リさんと私。

 

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この凝灰岩の岩質を利用して当時の人たちは、石材を切り出していました。

 

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さらに上へと登っていきます。

 

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登りきったところには平地が

 

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この平地は山を切り崩して平地にしたそうです。

平地が少ないことから、ここだけでなく、他の山も平らにしてお墓やお堂を建てていたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこの平地には1313年に作られた地蔵菩薩があります。

 

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のみで彫った後が!

 

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またここにも別のトンネルが

 

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ほんとだ

 

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おそらく、ここが元々の参道だったと思われます。

 

 

 

 

 

 

 

同じ角度から撮ったつもりだったのですが、微妙に違いますね

 

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そしてお次は海へと移動!

ここから次の目的の海まで、歩いて1時間くらい掛かりました

おそらくタ〇リさんたちは車で移動しているんだろうなー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に向かった先は

 

【材木座海岸】

 

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なんとの海岸では鎌倉時代の器が拾えるとのこと。

 

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ということで私も探してみました~

 

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ブ〇タ〇リでは、専門家の方がその場で拾った器の破片を鎌倉時代のものか判断してくれて

いましたが、私には確認してもらう人がいない・・・

そして今も答えがわからないまま、大事に保管しております

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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先ほど案内しました材木座海岸には、鎌倉時代に人口的に作られた島があり、その島を

作ったことで海岸に砂が多く堆積しました。その砂によって海岸の砂丘が成長・地形変化し

あまりみられない高低さが生じたそうな。

その高低差をタ〇リさんは確認しているところです。

 

 

 

 

んで、私も確認っと。

 

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以上、鎌倉前編でした~~~

ブ〇タ〇リも2週にわたって、鎌倉を放送。

実は私は午後に鎌倉入りした為、2回目放送分の場所には現時点で行けてないのです。

早急に行ってきまーす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ~

 

最近次女が韓流アイドルにはまっており、来日するたびに全国各地へ飛び回っております。

新大久保にもしょっちゅう行っています・・・

その影響もあり、韓国料理も食べ始めました。

そして半ば強制的に韓国料理パーティーに参加させられました。

その料理とは、 【サムギョプサル】

って私も食べる直前まで、なんだかわかりませんでした。

 

 

 

 

次女が通販で購入

 

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ただ・・・

日本規格の五徳にうまく乗らず大苦戦

角度を変えたりと何とか乗せることができましたが

 

 

 

 

 

そしてこのお肉も通販で

 

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でも癖になりそうなくらい、美味しかったです!

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【歴知隊~vol.44~(姫路城後編)】

皆様、こんにちは!

暑さもだいぶ和らぎ、過ごしやすくなってきましたね~。

雨さえ降らなければ

ただ最近は何が起こるのかわからないので、意外と9月に入っても猛暑が続いたりして。

歳を重ねるごとに、気温の変化についていけない自分が・・・

体調管理には気をつけましょう!

 

 

 

 

 

さて、今回は姫路城後編となります。

 

 

 

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天守閣を出て、備前丸~二の丸~西の丸と進んでいきました。

 

 

 

 

 

 

備前丸から撮った姫路城

すんばらしい!

 

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扇の勾配
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この石垣が扇の勾配です。

石垣の角度を、扇の開いた形に湾曲させてありますが、 こうした反りをつけることによって

高い石垣を積む事が出来ます。

角の部分は長辺を交互に積む「算木積」(さんぎつみ)という積み方をしています。

石垣も築城の生んだ芸術であり、この扇の曲線は見るからに美しい~~

 

 

 

 

 

そして、ここがあの有名な

 

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お菊井戸

 

「1枚・・・ 2枚・・・ 3枚・・・」

キャ~~~~

 

 

 

 

 

 

 

気を取り直して先に進みます。

 

 

天守閣の鯱

 

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どうマイナーチェンジされているのかは??

 

 

 

 

 

西の丸にある百間廊下

 

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【西の丸長局(百間廊下)】はとにかく長い!(約300m)

 

 

 

この先まだまだ続きます。

 

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この百間廊下は、中書丸を守るため囲むように建てられています。
渡り櫓や、千姫お付きの女たちが住んでいた長局・千姫の身支度や化粧直し
をするための化粧櫓からなっています。

千姫もここを通っていたのでしょう。

 

千姫

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E5%A7%AB

 

 

 

 

 

W君が屋根瓦の家紋を写し取っています。

 

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そしてこれをプレゼントされました。

まだノートに挟んで保管はしているものの、どうしたらよいものか・・・

 

 

 

 

 

 

 

西の丸から城内を出たところ、入り口には長蛇の列が

 

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いや~ 早くきてよかった

 

 

 

 

 

 

 

野郎二人で記念撮影

 

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そして姫路駅へ

 

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さよなら~姫路城さん  またいつか会いましょう!

 

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以上、姫路城後編でした~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すでにホームページの最新情報にもUPされておりますが、お陰様で【MONTAGE】

も好評のうちに閉会することができました。

 

 

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丸栄booth

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今回もS専務が応援に駆けつけ、新商品の大量受注をいただいておりました。

私には真似のできない、呼込み&接客。 ありがとうございました~~~

決して明石のゆるキャラではないですよ

 

 

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新商品!

 

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また来年も新商品を揃えて出展いたしますので(たぶん・・・)、今回ご来場いただけなかった

お客様も次回は是非足を運んでくださいませm(__)m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、日中は一人でお留守番が多く、誰かが帰ってくると、やたら甘えるチッチ

長~い首? あご? を利用して人の身体や脚に乗っけてきます

 

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ん~ この表情 何を考えてるんだろう??

 

 

 

 

 

 

 

【歴知隊~vol.43~(姫路城前編)】

皆様、こんにちは!

外に出ると暑くて息が出来ない・・・

うん、しばらく営業に出るのはやめることにしよう。

 

そうしよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今回はMくんの結婚式翌日に行った姫路城前編をお届けします!

 

 

 

 

 

 

姫路駅から大手前通りを一直線にそびえたつ【姫路城】

 

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格好いい~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも何故 、姫路城は白いのか??

 

 

 

瓦や石材の接着、壁の上塗りに漆喰(しっくい)という白い建材を塗っているため白く見

えるんですねー。

他のお城はほとんどが黒の漆喰を塗っており、重圧感を出す為と言われておりますが

どちらの色にしても、第一の目的は防火・防水のためでございます。

 

 

 

あえて、白く見せる理由とは・・・

諸説いろいろとありますが・・・

 

①美しさを優先した為。

 

②豊臣秀吉が建てた大阪城が黒だったので、豊臣恩顧の大名は黒の城を、一方で、

徳川家恩顧の大名は白い江戸城に習い、白い城を築城した。

(江戸城も白でした)

 

③権威の象徴として城を大きく見せる為。

 

 

 

 

大きく見せる??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下の画像の黒と白 どちらが大きく見えます?

 

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実は同じ大きさなんですね~(最初からそう見えた方は申し訳ありません・・・)

黒より白の方が大きく見える錯覚です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、昔の人が、その色の錯覚に気付いていたのか??

答えはYESでございまする。

 

 

 

 

 

 

 

 

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この碁石自体も実は大きさが違うんです。

見た目、白の方が大きく見えてしまうため、黒の碁石を3mmほど大きく作ってるんですよー

(江戸時代の碁石も大きさが違ったことが証明されているそうです)

 

 

って、テレビで放映されていました~~~

以上、うんちくタイムでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うんちくと言えば、

 

先日の社員研修にて、バスで移動中の際に、突然バスガイド化した【H常務】

 

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たしか、あれは・・・

愛媛県は大王製紙のエリエールタワーがどうだとか、ここの土地はどうだとか

言っていた気がします

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脱線してもうた。。。

話を元に戻します

 

 

 

 

 

 

当日は、早い時間に訪れたにもかかわらず、すでに列が出来ていました。

 

 

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30分くらい並んで、いよいよ場内へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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たいして興味もない&一丁前に【東大柱】を触っているWくん。

 

 

あ、今回の姫路城はWくんと一緒です。(休日に野郎二人で。。。

この東大柱は、姫路城大天守を支える2本の大柱のうち東側の柱です。
大天守の5階まで一本柱で通されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大天守からの眺め

 

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こちらの写真を見てもらえれば、わかりますが瓦は自体は白くなく、間に漆喰を接着してる

だけで、あんなに白く見えるもんなんですね。

 

 

 

 

 

 

大天守でお祈りするWくん

 

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本人曰く「なんで彼女ができないんだろー?」

どなたか、答えを教えてあげてくださいませ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【石棺】

 

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きれいに加工された直方体の石が縦に積まれています。

これは、古墳に埋葬されていた石棺の身で、築城の際に石垣に転用されました。

抱きついた後に、これが石棺だと知る。。。 こわい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫路城前半最後の1枚。

こちらは、つい先日テレビで放映されていた姫路城ネタ

 

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本来のお城は屋根の角が直線状になるはずなのに、姫路城はズレている。

何ででしょう??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

答えは、「不揃いの美」らしく、敢えての未完成だそうです。

完成してしまうと、そこから崩壊が始まるとの考えで未完成にしてるそうな。

 

 

 

 

ん??

これどっかで聞いたな・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、6年前に日光へ行ったときに見た、【逆さ柱】だ~~~

その時の写真

 

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数本ある柱の中で1本だけ模様が逆になっている。

これも、「建物は完成と同時に崩壊が始まる」との考えから、わざと1本だけ逆にしています。

 

あ~、また日光に行きたい!

 

 

以上、姫路城前編でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ~

 

社員研修前日にM家にお招きいただき、たこ焼きパーティーをしました~

 

 

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中身にキムチや餅やチーズを入れたりと、とても美味しかったです。

ご馳走様でした!

 

実はわたしに内緒で、こっそりハバネロソースを入れようとしていたみたいですが

K主任とWくんの不可解な行動で気付いてしまいました。

ヘタクソ、もっとうまくやれよ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新婚ホヤホヤのM夫妻

 

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【歴知隊~vol.42~(愛知後編)】

皆様、こんにちは!

 

今年は、【THE 梅雨】って思うくらい、全国的に雨が多いですね。

お蔭様で、弊社の【Cocon アンブレラポーチ】は絶好調です

 

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今回でやっと愛知編が終了します。

 

あっ、その前に前回のW君のブログで

「お主は何者じゃ!!」とか何とか言っていました銅像の「竹千代君像」

 

 

↓↓↓

 

 

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これは、若き日の「家康公」でございます。(W君以外は知ってるか・・・)

元々、静岡で生まれ育った家康公。当然ゆかりの地でございますので、浜松以外でも

所々に銅像がございまする。

きっとアイツ「たけちよくん」と思ってるんだろうな~

 

 

 

 

 

 

ということで、改めて愛知後編へ!

当初、この愛知ツアーで名古屋城の後、最終目的地はワイフが希望していた

【トヨタ産業技術記念館】でした。

が、しかし、どうしても気が進まない・・・ そこで交渉した結果

 

 

 

 

 

 

国宝の犬山城に~~~!

(ホンマわがままで すんません)

 

 

 

 

犬山駅から15分?ほど歩いていくと、早速いい感じの町並みが

 

 

 

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迷いながら進んでいったため、メイン通りではないようですが

 

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おそらく、すでに城下町ではあると思うのですが、すでに興奮状態

 

 

 

 

 

 

 

しばらく歩いていくと、メイン通りらしき道へ

 

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本町通りから、お城へ向かう途中にも、歴史を感じさせる建物が次々と

 

 

 

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【犬山藩校(敬道館跡)】

 

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【犬山城三之丸 武術稽古場跡】

 

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そして、犬山城へ!!!

 

 

 

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天守閣へ向かう途中にも

 

 

 

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じゃじゃ~~ん

 

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ここ犬山城は、豊臣秀吉が生まれた1537年、織田信長の叔父である織田信康によって

創建された、現存する日本最古の木造天守閣です。

あっ、写真に載ってる皆様、随分と厚着されていますよね~

(1月に行ったので当然か)

ネタがありすぎて、タイムリーに掲載できない・・・

順番に掲載しておりますため、悪しからず

 

 

 

 

 

 

お~ いきなり急な階段

ちなみに階段を急にしている理由は、攻めあがってきた敵を落としやすくしてるんですよー

自分たちも大変だろうに・・・

 

 

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写真下中央部は、オバケじゃないですよ。

階段を上がってきた 女性の方かと思われます。 たぶん

 

 

 

 

 

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どれどれ

 

 

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たしかに、こんなとこから落とされたら、いったいの~~

 

 

 

 

 

 

 

 

【上段の間】

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ここは殿様が使用した部屋で、この城の最上の室となっています。

奥の扉の先は武者隠しの間があり、万一に備えて殿様を守る武士が待機している部屋

となっております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして天守閣から眺める風景

 

 

 

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木曽川に面した丘ですが、そこには鵜沼城跡があり、戦国期に秀吉も攻めた

ことがあるそうな。

 

 

 

 

 

 

 

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登りもたしかにキツイのですが、降りる方が怖い・・・

 

 

 

 

 

 

 

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この石も約500年前のものなのだろうか??

 

 

 

 

 

 

 

 

お城を出て、左側にある(半年前なので記憶があいまい・・・)

【大杉様】

 

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樹齢約650年。犬山城築城頃からの老木で、天守閣と同じ位の高さがあり、落雷には城の

身代わりに、台風の時は風よけにもなったりし、城を守る御神木として崇められてきました。

1965年頃に枯れてしまったそうです

長い間、ご苦労様でした。

 

 

 

以上、犬山城でした~

やっぱり、名古屋城や大阪城よりも小さいけど、現存するお城を見るほうが数倍面白い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ~

 

 

 

私事で大変恐縮ではございますが、先月の24日に結婚20周年を迎えました~~~

何度も愛想を尽かされながらも、辛うじてここまできました・・・

この先もどうなるかは?? でございますが

 

 

 

ということで、普段は絶対に行かない(というより初めて)、レストランにチャレンジ!

 

 

 

 

 

 

まずは、そのレストランの近くにある「増上寺」へ

 

 

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こちらは以前、歴知隊に掲載していますので、割愛させていただきますm(__)m

 

 

 

 

 

 

増上寺に隣接している芝公園より目的地へ。

 

 

 

公園を挟んで、右に東京タワー、左にレストランのあるビル。

一枚で撮りきれなかったので合成で繋ぎ合わせました。

 

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ビルに入って、最上階へと向かいます。(33階だったかな??)

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下から撮った写真と、上から撮った写真。こわ~~~

 

 

 

 

 

 

 

レストランに入り、まずはシャンパーニュでお祝い。

(ってwebのhow to~~に書いてあったので、いわれるがままに)

 

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お料理は

 

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メインディッシュ!!!

 

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おいしゅうございました

 

 

 

 

 

 

夜になると

 

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実は東京タワーが見えず、入店してすぐ確認しました。

何でも東京タワーは同じフロアにある、バーラウンジからしか見えないとのこと。

残念がっている 私たちを見ていたこともあり、なんと支配人らしき方が、

「今なら、見える席が開いているらしいので、写真を撮りますか?」と

 

 

そして撮影した写真がこれだ。 1・2・3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

0037

 

ビューティフォー!!!

感謝感謝でございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、芝公園から自撮。

 

0040

 

 

 

 

以上、vol.42でした~

 

 

 

【歴知隊~vol.41~(愛知中編-②)】

皆様、こんにちは!

いよいよジメジメした梅雨の時期がやってまいりましたねー

 

それにしても最近全国各地で天変地異が・・・ そろそろ覚悟を決めた方がいいかも

悔いが残らない人生を送らなければと思う今日この頃です。

 

 

 

 

 

 

さて、前回は名古屋城内に入る手前(前回最終掲載)

↓ ↓ ↓

 

 

0000

この、本丸表二之門より城内に進入いたしまする。

 

 

 

 

 

 

 

この門を通り抜けると、こちらも前回場外から撮影した【東南隅櫓】が右手にあります。

ふむふむ・・・ 看板によりますと、この重要文化財である東南隅櫓は1707年に修理され

明治になり江戸城の鯱が取り付けられたと記されております。

これかな??

 

0018

 

 

 

 

 

 

 

 

その先には【本丸御殿】が

 

0019

 

 

 

 

0020

 

復元された本丸御殿が公開されておりましたが、なんとリュックも御殿を傷つける恐れがある

とのことでロッカーに預けなければいけないほどの厳重さ。

テレビではよく見ていましたが、とにかく綺麗!!

 

 

 

 

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0023

 

 

 

 

0022

 

こりゃ~当然、招かれた人も驚きまわなー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その他、天守閣にたどり着く前にもいろいろな文化財が

 

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長政担当なのに、清正・・・いきってんなー

 

 

 

 

 

 

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もしかするとこれは、昔の人が自分の石に何らかの印をしていたのでしょうかね~

 

 

 

 

 

 

 

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前回同様にこれも、私が察するに脱出用の門だと思うんだけどなー

 

 

 

 

 

 

 

 

0039

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、いよいよ 天守閣へ!

 

0029

 

 

 

 

 

 

 

0030

 

 

 

0031

 

 

戦災がなければ、今でも貴重な資料や文化財が残っていただろうに

 

 

 

 

 

 

 

0032

 

魚中心ではございますが、けっこう良い物食べてたんだな~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

0035

 

 

千両箱&三千両箱

何でも当時は小判1枚で、大人一人がその年のお米を食べれるほどだったそうです。

ただし、現在の貨幣価値への換算は諸説あるそうで、断定はできないとのことでした。

にしても大金であることに間違いなし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

0036

 

鉄砲が長すぎて、写しきれん・・・

こんなん、ほんと扱えたのだろうか??

 

 

 

 

 

 

 

 

最上階から見下ろした階段

 

0033

 

高所恐怖症の私には、かなりのチャレンジです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

0034

 

天守閣展望室

 

今日では、ビルがたくさんの建っておりますが、当時は敵が攻めてきてもすぐわかるで

しょうね~ っていうくらい眺めがいい~~~

 

 

 

正直な話、意気込んで入ったわりには、ちょっと拍子抜けしました。

大阪城同様、現存の城ではないので、作られた感が満載だったからでしょうかね~

ま、仕方ないか。。。

 

 

 

以上、名古屋城でした!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ~①

 

先日、明石本社訪問時に飛行機から撮影した画像です。

毎回、窓から見ていて、「あそこらへんが本社かな~?」 と思いながら眺めていました。

 

 

 

明石本社

 

 

明石本社は、多分ここら辺といった感じです。

本社の方、違っているようでしたら、ご指摘くださいませm(__)m

だいたいここを通る時間は、8:30~9:00くらいで本社らへんを眺めながら、もうあの

場所には皆様が出勤しているのかと考えると、自分は空から見ていてなんだか不思議

な感じがします。

 

 

 

 

 

 

 

 

その先、神戸方面へちょいと進むと

 

海峡&古墳

 

あの古墳は今度訪問しないといかんのー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ~②

先日、W君のブログでも掲載されていましたが、本社営業M主任の結婚式に参列

いたしました~~~

 

 

 

 

 

 

かなり緊張気味のM主任

 

 

 

 

画像1 (クリップ)

 

 

 

 

 

 

 

とはいいつつも、私も乾杯の音頭を任され、当日の朝から心臓が

普段滅多に緊張することのない私ですが、まさかこんなに緊張するなんて・・・

小学生の時の学芸会以来、いや人生の中で一番緊張したかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当然のことながら、披露宴の冒頭に主賓の挨拶として社長のスピーチ。

 

丸山さん

 

 

 

社長も多少緊張しているようで、その次に控えている私は正直

「社長失敗しろ、失敗しろ、次の俺が楽になる」と念じていました

人間っておそろしや~ (私の性格の問題か??)

 

 

 

 

 

 

そして、とうとう私の出番が・・・

 

 

挨拶01

 

まぁ、なんだかんだと言いながら、スピーチは何度か経験しているので、結果は当然・・・

(乾杯の音頭は初めて)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

挨拶02

 

何があってこのようになっているのかは・・・皆様のご想像にお任せします

(あれ? M主任、モザイクをかけていますが、怒ってんのかな? どうしてだろ??)

 

 

 

 

何はともあれ、とても素敵な結婚式&披露宴でした!!!

M主任&Yちゃん、末永くお幸せに~~~~

 

 

 

二次会では、可愛い後輩のため、W君と一緒に芸を披露しましたが、なんでも、

会社の信用問題にかかわるとのことで、社長から掲載のNGが

興味のある方は、ご一報ください。

今回は特別に、画像1枚¥100にて承ります^^

 

 

 

 

 

 

【歴知隊~vol.40~(愛知中編-①)】

皆様、こんにちは!

4月に入って、桜も満開の時期を迎えたのに、寒い・・・

このままだと、あっという間にあつ~い夏がきてしまうかも

 

あっ、本社営業のMくん、【男子ごはん】シリーズを始めましたね~

う~ん、いつまで続くことか、こうご期待!

 

 

 

さて、今回は前篇の最後に掲載しました、【名古屋城】でございます。

名古屋城で中編を終わらせようとしたのですが、例のごとく、長~くなりそうなので、こちらも

分けてご紹介します・・・

 

 

 

名古屋城周辺までは、何度か来たことはありますが、中に入るのは初めて。

いや~楽しみだな~

 

 

 

 

0001

 

ここは市役所かな? 立派な建物ですね。

ここも探索したいのでございますが、なんせ時間がない・・・

断腸の思いで、先に進むのでした (そりゃ大袈裟か)

 

 

 

 

 

東門の120分コースでスタート!

 

0002

 

 

 

 

【二の丸 東庭園】

 

0003

 

 

明治の初めに兵営建築のため、二之丸庭園の多くが壊されました。 名古屋市蓬左文庫所蔵の「御城御庭絵図」に基づいた発掘調査であらわれた北池・南池・茶席「霜傑」建物跡・暗渠の四遺構を中心に整備し、昭和53年4月に二之丸東庭園として開園しました。

 

 

 

 

【南池】

 

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0005

 

 

上の「石が三つ並んでいる~~~」 これかな??

 

 

 

 

 

 

 

【霜傑亭】

 

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【北暗渠】

 

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【南蛮たたき鉄砲狭間】

 

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0008

 

あの穴から狙い撃ち

 

 

 

 

 

【埋門跡】

 

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実際にこの脱出劇はあったのうでしょうかね~??

 

 

 

 

 

 

 

【二の丸広場】

 

 

0011

 

 

 

 

 

【藩訓秘伝の碑】

 

0012-02

 

 

0012

 

この石碑は、名古屋城二の丸御殿跡にひっそりと立っています。

ここでいう「王」とは天皇のことです。つまり、「ひとたび事を起こす際は朝廷の意向によること

、我が子孫は決して天皇の命令に背いてはならない。」との義直が定めた尾張藩の家訓・藩訓で

ございます。

 

義直は家康の側室の子で(実子)であり、徳川御三家(尾張家・紀伊家・水戸家)のひとつで

ある尾張家の初代藩主です。

将軍家の下で特別な地位を与えられてはいますが、プライドも高く、家光が「将軍の子」と

言えば、義直も「わが父は家康公なり」と言い、よく衝突していたそうです。

この家訓は将軍家も含め、あくまでも幕府は朝廷の家来であり、将軍家も尾張家も朝臣の一つで

しかないといった意味も含まれているのでしょうかね??

 

 

 

【清正の石曳】

 

0013

 

 

士気を上げるため、音頭をとるのはいいけど、清正を乗せて運んでる人にしてみれば、

いい迷惑だったでしょうね~

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ本丸へ!

 

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0015

 

 

あっ、ちなみにポーズを取ってるオバサマは私の撮影に対してではなく、写ってはいませんが

左側から撮影しているオジサマに向かってポーズを取っております。

あくまでも他人様でございまする

 

 

 

0016

 

 

あっ、いた。 このオジサマ撮影でのポースでした。

 

 

 

 

今回は本丸に入る直前のここまで~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ~

 

 

 

もう他の皆が桜を掲載していましたので、私は違うお花をご紹介!

 

そうさ~ 僕らは世界に1つだけの花

 

ということで、徒歩で通勤している間に撮った、お花ちゃんたちです!

 

 

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人様の育てた花もありますが、あまり人目に触れられることのないお花ちゃんも

 

 

朝の通勤時なので、結構変な目で見られたりしましたね

 

普段歩いている道でも、ちょっと視点を変えるだけで、花だけではなくいろんなものに

気付かされます。 朝から得した気分になりますね~

この歳になってようやく気付きました

 

 

 

 

 

 

 

ラゾーナ川崎で疲れきっていた、おじさんを発見、、、

こんな、おじさんにもお花を見せて元気付けてあげたいな~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、あのリスペクトしている方の番組が始まりました~~~

 

 

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いや~、生き生きした笑顔ですね~

 

 

 

 

そんなタモさんのお友達がナレーションを務めます。

 

 

 

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いつもタモさんの後を追っていた私にしてみれば、番組が再開するのは非常に楽しみであり

大変ありがたいのですが、なんせ遠い~~~

いつか、後を追ってブログに載せますね。

 

 

 

ということで、詳細は載せられませんが、早速タモさんの格言がでましたので、ご紹介を!

 

 

 

 

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ん~、どっちでも格好いいよ~ タモさん!!

 

 

 

今回も長々と失礼しましたm(__)m

【歴知隊~vol.39~(愛知前篇)】

皆様、こんにちは!

未だ春が訪れる感じはありませんが、そろそろかな~

 

もうすぐ桜・・・ ほんと1年が経つのはあっという間です。
つい先日桜のブログをUPしたような・・・

そりゃ~、歳をとるわけだ。

 

 

さて、今回はワイフ同行で名古屋を探索してまいりました~

今回は時間と構成の都合上、チャチャっとご紹介させていただきまする。

 

 

まずは宿泊先の伏見から、早々にチェックアウトし、第一目的地へと向かいます。

 

その途中に

 

 

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なんじゃこりゃ~

しっかし、大きな天球。

 

 

 

 

 

 

 

0002

 

しかも朝から結構な行列。

どうやら、これは「プラネタリウム」だそうです。

いや~、それにしても大きい。

思い起せば〇〇年前、人生初のデートは渋谷のプラネタリウムだったな~

「つまんなくて寝ちゃったよ」

と言いながらも、最後まで心臓がずっとしてたのを思い出す・・・

ワイフよ、すまぬm(__)m

 

 

 

 

 

 

 

ということで、最初の目的地は

 

「大須観音」です。

 

 

0003

 

ここ大須観音は、

1190年代に尾張国中島郡長庄大須が発祥の地で、1333年に同社の別当寺として創建した

真福寺がこの寺の始まりだったそうです。

日本三大観音の1つとも言われる観音霊場でございます。

それほど大きくはありませんが、寺内には、古事記の最古写本をはじめとする貴重書を多数

蔵する「真福寺文庫」があり、国宝の古事記は「真福寺本古事記」として知られ、同書の現存

最古の写本だそうな。

 

 

 

 

 

 

余談ではございますが、下の写真は鳩にエサをあげている青年が、屋台のおじさんに

「バカヤロー、もっと遠くでエサまけ~」とお叱りを受けているところです(苦笑)

 

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電車を乗り継ぎ、お次は

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1年ぶりの「熱田神宮」です!

 

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歴史探索では【歴知隊~vol.27~(熱田神宮編)】にてUPしたので、割愛させていただきます。

 

 

 

 

 

 

 

そして、もう一つの目的は・・・

 

 

やはり名古屋と言えば「ひつまぶし」ということで、熱田神宮のすぐ近くにある有名な

 

0008

 

「あつた蓬莱軒」に行ってきました~~~

 

まっ、たまには贅沢してもいいか。

 

 

 

 

 

 

開店1時間前には並んだのですが、それにしてもすごい行列。

 

0009

 

ラッキーなことに、第一弾で入れる人数のちょうどギリギリでした

並ぶ前に、早歩きしたのが良かった。これも日頃の行いが良いからですな~。

 

 

 

 

 

ひつまぶしをいただく前に、朝からおつまみとを!

 

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ウナギの「肝」

美味しかった~~~♪

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

0011-00

 

ひつまぶしを堪能したのでございました~~~

 

 

以上「愛知前編」でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回は・・・

 

0012

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ~

 

土曜日にちょっと野暮用で事務所へ。(荷物を外に出すだけ)

散歩がてらにチッチも連れて行きました~。

一人で歩けば、往復で1時間ちょっとなのですが、チッチと散歩となると1時間半くらい。

 

やはり帰りは徐々にスピードが遅くなり、挙句の果ては止まりだす始末・・・

仕方なく

 

 

2222

 

抱っこして帰るのでした。

すでに放心状態のチッチ・・・

これが結構重い

 

 

 

 

 

 

そして家に帰ってもなかなか離れないチッチ(次女撮影)

 

2223

 

それにしても、可愛いの~~~

 

以上、親ばかでした~

 

 

【歴知隊~vol.38~(板橋後編)】

皆様、こんにちは!

先週のブログでW君が合同展示会の【MONTAGE】出展について掲載しておりましたが、

お蔭様で好評のうちに閉会することができました。今まで13回開催されてきた中で、過去

最高の来場者数だったそうです

 

皆様のご期待に添えますよう、社員一同全力で(時には息抜させていただきますが)社業に努める所存でございますので、今後とも宜しくお願い致しますm(__)m

 

 

 

 

 

さて、今回の歴知隊は、板橋後編となりまする。

 

 

0001

 

 

地図でいうと、ちょうど中央あたりの【板橋】までご案内したかと思います。

 

 

なので、その次は・・・

【板橋宿本陣跡】

 

0015

 

現在はライフとなっております。

東山道先鋒総督・岩倉具定(岩倉具視の三男)が本陣に着陣し、江戸に移るまで、ここを

東山道総督府の本陣としたそうな。ここに近藤勇が護されてきた際に、処罰を巡って厳罰

論を主張する土佐藩と、京に送って裁くべきだという薩摩藩の間で意見が対立したといわれ

ております。

 

 

 

 

 

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商店街の脇道。ここは資料には載ってなかったのですが、塀が古そうだったので

後で調べたところ、ここは板橋宿最大の旅館「伊勢孫楼」の塀ということがわかりました。

200人くらい泊まれる大きな宿でした。

実はこの塀は随分と先まで続いているのですが、気づかず、折り返してしまいました・・・

 

 

 

 

0017-00

 

ここも資料には載っていなかった建物。

建物の中に 人がいたので、築何年か尋ねたところ「120年」とのことでした

明治中ごろになるんですかね。レンガ造りなので焼失することなく残っておりました。

 

 

 

 

 

 

先へと進みまする。

 

0018

 

 

 

【脇本陣・豊田家跡】

板橋宿平尾の名主・豊田氏の屋敷跡。

豊田家は代々市右衛門を世襲し、脇本陣も兼ねていました。

先にもご紹介しました、近藤勇が護送され処刑されるまでの間(約20日間)軟禁されて

いた場所でもあります。

0019-00

 

 

 

 

 

 

 

今回探索のメインかな??

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この駅の向かいに

 

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そうです、「近藤勇墓所」があるのでした!!!

 

 

 

 

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今さら、近藤勇を説明する必要はないかと思いますが、写真でもおわかりのとおり

供花が新しい。今でも人気なんですね~

ちなみに私は新撰組と敵対していた倒幕派 派です。(ややこしや)

でも、新撰組には、沖田総司や土方歳三など二枚目がいるので、女性は新撰組ファン

が多いのかな・・・

 

以上、【歴知隊~vol.38~(板橋後編)】でした~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ~

 

2月14日はバレンタインデー

 

もうこの歳になると何とも思いませんが、昔は2月入ったくらいから緊張したもんです。

最近は、バレンタインデーとホワイトデー、どっちがどっち(男性・女性)に贈るのか、

わからんくなってるとです

 

 

 

そんな私でも、娘からもらいました~~~

 

 

 

FullSizeRender

 

 

自慢じゃありませんが、これは彼氏にあげるついでにちょーだいしたものです

 

そりゃ当然だわな・・・

 

 

 

まっ、もらわないよりましか。

 

 

 

【歴知隊~vol.37~(板橋前編)】

皆様、こんにちは!

東京営業所のSでございます。

 

 

今回の歴知隊探索は板橋となります!

 

ワイフがある国家試験を受けるため、送迎を頼まれました。

その試験場が板橋近辺ということで、待っている間に探索することにしました♪

 

 

 

 

板橋方面に向かう途中、母校を通りましたので

赤門、懐かしいな~

(信じるか信じないかはあなた次第です

 

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当日の試験時間が早い為、赤羽のビジネスホテルで前泊。

 

夕食は食ログで検索し

 

 

0003-00

右下は名物の「レバテキ」、美味しかった~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の探索マップ

↓ ↓ ↓

 

0001

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、ワイフを試験場で降ろし、出発点 である「志村坂上」へと向かいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コインパーキングに停めて出発準備

 

0004

 

そう、今回の探索距離が約8kmあり、しかもワイフの試験時間が約3時間ということで

相棒「マー坊Jr.」の登場です!

 

 

 

 

 

 

 

 

そいでは、最初目的地、「志村一里塚」をご紹介。

 

0005-00

 

 

 

国道を挟んだ2箇所にありました。

0006-00

 

説明版によりますと・・・

江戸に幕府を開いた徳川家康は、街道整備のため、1604年2月に諸国の街道に

一里塚の設置を命じました。これにより、五間(約9m)四方、高さ1丈(約3m)の塚

が江戸日本橋を基点として1里(約4㎞弱)ごとに道を挟んで2基ずつ築かれました。

幕末以降、十分な管理が行き届かなくなり、さらに明治9年に廃棄を命じた法が下さ

れるに及び多くの一里塚が消滅していきましたが、志村の一里塚は昭和8年から

行われた新中山道の工事の際に、周囲の石積みがなされて土砂の流出を防ぐ工事

が施されて保全され、現在に至っています。

今日、現存する一里塚は全国的にも非常に稀なもので、都内では北区西ヶ原と志村

の二ヶ所だけです。そのため交通史上の重要な遺跡として、大正11年に国の史跡に

指定され、昭和59年に板橋区の史跡に登録されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのすぐ並びにも古そうな建物を発見

 

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たしかに、このような建物は都内ではあまり見られないので、貴重ですね~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本橋方面へと向かいます。

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また通り沿いに古そうな建物が

 

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旧中山道へと入ってきます!

 

0011

 

挙動不審なのか、自分たちが撮影されていると思っているのか、警官がチラチラと

私を見てきます

 

 

気にせず進みまする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【縁切榎】

0012

 

男女の悪縁を切りたいときや断酒を願うときに、この榎の樹皮を剥ぎ取り、煎じて

密かに飲ませるとその願いが成就されると言われ、庶民の信仰を集めたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【中山道板橋上宿】

0013

 

江戸時代の五街道の一つである中山道は、江戸と京を結ぶ大動脈として、人々の

往来や物資の流通、文化の交流などを支えてきました。

板橋宿は中山道の第一番目の宿場であり、その長さは十五町四十九間(約1.7㎞)

でした。1843年には人口2.448人、家数573件を数え、旅籠屋・料理屋や駕籠屋など

様々な店舗が軒先を並べていました。板橋宿は日本橋方面から平尾宿・中宿・上宿

に分かれており、石神井川にかかる板橋から現在の環状七号線あたりまでが上宿

でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【板橋】

 

0014-00

 

石神井川にかかる橋。ここから板橋の地名が起こったと言われています。

江戸時代の宿場の中心地で、橋の袂には高礼状がありました。

 

 

 

ん~、今日は二日酔いなので、この辺までにしておきますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ~

 

 

最近のチッチで~す。

 

 

 

 

 

あいかわらず、お気に入りのフクロウちゃんを私のところへ持ってきて

見つめてくるチッチ

 

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次女と一緒に爆睡するチッチ

 

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とりあえず可愛いチッチ

 

 

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ペットボトルを噛んで怒られ、甘えた顔をしてくるチッチ

 

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以上で~す。

【歴知隊~vol.36~(皇居編)】

こんにちは!

 

会社までウォーキング通勤しているわりには、お腹が凹まない

澤田さん

 

でーす

 

あ~、再来週の健康診断までに何とかせねば

 

 

 

今回は先日ニュースでも取上げられていた「皇居乾通り一般公開」に

行ってきました~~~

天皇陛下が80歳の傘寿を迎えられたことを記念して、紅葉の時期に

普段は通れない乾通りを期間限定で公開。(12/3~12/7の5日間)

と、偉そうなことを言っておりますが、実はちょい前に東京営業所の

K山さんから聞いて知りました。。。

(ちなみにK山さんも行ったそうな)

 

 

 

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皇居へのアクセスはいろいろとありますが、私共は東京駅より皇居

へ向かいました。

あっ、私共とはワイフが同行でK山さんではありませんよー。

 

 

 

 

 

そして東京駅からすでに人が・・・

 

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皇居に 向かうにつれ人が多くなってきます。

 

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宮内庁の発表によると・・・

12月3日(水)→57.490人

12月4日(木)→42.600人

12月5日(金)→85.730人

12月6日(土)→78.700人

12月7日(日)→84.980人 (この人数の中に私たちが入っております)

 

 

 

 

 

並んでいる途中にあった、看板と二重橋

 

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この二重橋は以前江戸城探索の時に逃してしまったので、ラッキーでした!

(江戸城編→2012年9月UPのvol.19にて掲載してまーす)

よく勘違いされるのですが、この二重橋は橋が二つあるからではなく、元々

奥の正門鉄橋が木造橋だった時代に橋桁が上下二段に架けられていたこと

から、「二重橋」と呼ばれるようになったのでございまする

 

 

 

 

 

 

ここまで掛かった時間は約90分

いよいよ坂下門が見えてまいりました!

 

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いたるところにSP(ただの警察官?)が見張っています。

 

 

 

 

 

 

 

坂下門を通ってすぐ左手に「宮殿」が。

ここは、外国のお客様をお招きして晩餐会などを開いたり、親任式をしたり、

歌会始をしたりする宮殿だそうです。

 

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ここにも警備員さんと・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SPらしき人物が。

輝いて見えますねー

(職務の話ですよ・・・)

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「宮内庁庁舎」

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そして右手に「富士見三重櫓」

 

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江戸城旧本丸の東南隅に位置する「富士見櫓」で、品川の海や富士山を

ご覧になったといわれています。現存の三重櫓は、万治2年(1659年)の

再建で、江戸城本丸の遺構として貴重な存在といわれています。

 

 

 

 

 

 

「乾通り」

 

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「山下通り」

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この通りは乾通り途中の左手にあるのですが、アスファルトは別として

江戸時代から、ほとんど変わっていないそうです。

 

 

 

 

 

 

 

紅葉を見ることはできたのですが、ちょっと遅かったかもです・・・

 

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乾門手前の景色

 

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そして終着「乾門」

 

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以上「皇居乾通り一般公開」でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

皇居を出てから

 

こちらにも紅葉が

 

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紅葉をバックに自撮り~~~

 

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ナルシストの私は(あまり本人は自覚していないのですが、周りが私の

ことをナルシストと言うもので)

ただ最近、自撮り棒を購入しようか真剣に悩んでいる自分が

 

 

 

ちなみにこちらが、明石の本社敷地内にある紅葉

 

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帰路につく間にもいろいろと・・・

特に事前調査したわけではなく、たまたま。

 

 

 

 

 

 

まずは、国立公文書館にて開催されていた「江戸時代の罪と罰」

 

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残念ながら中での撮影はNGでしたので、画像はありませんが、江戸時代って

現代と比較すると大変だったんだな~と改めて感じました。

ここではあまりにもグロイので割愛させていただきますが、処刑にもいろいろあり

また、「こんなんで死刑?」っていうのも多々ありました。

私が江戸時代に生きていたら、何回死んでるんだろ??

 

 

 

 

 

 

 

 

国立公文書館の先に変な街区表示板

 

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なんじゃこりゃ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここも一度行ってみたかった「将門塚」

 

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酒井家上屋敷跡にある「将門塚」は簡単に言いますと、平将門

(平安時代の武将)の祟りが今でも語り継がれており、壊したり壊そうと

すると悪いことが起きると言われています。(簡単すぎ?)

実際にこの地域も新たな建物の建設を始めるそうなのですが、この

首塚は残すようなことを言ってました。

 

「将門塚」の詳細は

http://www.kmine.sakura.ne.jp/tokyo/machi/masakado/masakado.html

 

 

 

 

 

 

そして

 

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これは「箱根駅伝」の銅像では?

ということは、この通りがスタート&ゴールの場所か??

 

 

 

 

 

やっとこさ東京駅の近くまで戻ってきました。

 

 

 

 

丸の内OAZOの敷地内にミッキーが。

 

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近づいてみると

 

 

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面白い!

 

 

 

驚いたことに

 

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ノリさん??

絵画展等を開いたりしていることは知っていましたが・・・

いろんな才能があって羨ましい。

ただの貝好きのおじさんではないのですね

 

 

 

 

 

 

 

東京駅

 

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知らんかった・・・

 

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12月13日~3月1日 (この日は12月7日)

ということは、また来なくちゃいかんのですな~

 

 

 

 

以上、【皇居編】でした

 

今回は短めに終わらせるつもりだったのに・・・

長々と失礼致しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【歴知隊~vol.35~(日本橋~小伝馬町後編)】

最近、涼しくなってきたこともあり(というより寒い・・・)、通勤から

通勤に切り替え中でございます。  ダイエットも兼ねて。

 

 

 

 

 

 

え~今回は、日本橋~小伝馬町後編をお送りしたします!

 

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まずは、⑫の「三越本店」から

 

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三越本店は、東京都選定歴史的建造物に指定されています。

延宝元年(1673)に「越後屋」として創業しました。「三井呉服店」を経て、

「三越呉服店」となり、大正3年(1914)には鉄筋コンクリート造による大規模な

百貨店の新築を行いました。

よく時代劇で 「越後屋、お主も悪よの~」とお代官様が言う、あの越後屋です。

(この台詞、以前も載せたような気が・・・)

 

 

 

 

⑬日本銀行

 

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日本銀行は明治15年、今の箱崎町に置かれていましたが、明治29年

今の場所に移転しました。建物自体は芸術的、歴史的、産業史的な価値

があり、国指定重要文化財となっています。

ん~、周りに近代的な建物もある中、威風堂々とそびえ立っておりました!

 

 

 

老舗 村田眼鏡舗&佐々木印店

 

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村田眼鏡舗

日本初のめがね専門店

 

佐々木印店

18世紀からの古文書がのこっているそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

⑭長崎屋跡

 

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江戸時代、ここには長崎屋という薬種店があり、長崎に在住したオランダ

商館長の江戸登城の定宿となっておりました。

鎖国下における数少ない西洋文化との交流の場として貴重であり、区民

史跡に登録されております。

 

 

 

 

⑮石町時の鐘 鐘撞堂跡(かねつきどうあと)

 

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徳川家康とともに江戸に来た辻源七が鐘つき役に任命され、代々

その役目を務めたそうです。

 

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並びに夜半亭 与謝蕪村居住地跡の説明版がありました。

 

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⑯本町三丁目交差点

 

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国道4号は日光街道・奥州街道に相当し、国道6号、昭和通り、さらには

首都高速が交差しています。

交通の要所であったことが、この標識に表れていますね~

 

 

 

 

 

 

⑰於竹大日如来(おたけだいにちにょらい)井戸跡

 

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於竹さん、偉いな~。

 

 

 

 

 

 

 

⑱宝田恵比寿神社

 

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宝田神社は慶長11年の昔、360余年前、江戸城外宝田村の鎮守様

でありました。

あらゆる物資の集散地として大江戸開発と商業発祥の地として大変

賑わったそうです。

現在も周辺の老舗、大小商社が軒を並べて、今なお盛んな取引が続い

ております。

 

 

 

 

 

 

⑲身延別院

 

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明治16年、身延別院創建の際、山梨県身延山久遠寺から迎え、本尊

としました。大正12年の関東大震災にも焼失を免れ、昭和47年4月、

都指定有形文化財に指定されました。

中に有名な木造日蓮聖人の坐像があるそうなのですが入れませんでした。

(製作年代の明確な日蓮聖人の坐像として貴重なものだそうです)

 

 

 

 

 

 

⑳伝馬町牢屋敷跡&十思公園

 

伝馬町牢屋敷跡

 

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伝馬町牢は慶長年間、常盤橋際から移って、明治8年(1875)、市ケ谷囚獄

ができるまで約270年間存続し、この間に全国から江戸伝馬町獄送りとして

入牢したものは数十万人を数えたといわれています。

現在の大安楽寺、身延別院、村雲別院、十思小学校、十思公園を含む一帯

の地が伝馬町牢屋敷跡だそうで、結構広かったようですね。

 

伝馬町獄として未曾有の大混乱を呈した安政5年(1858)9月から同6年12月

までの1年3ヶ月の期間が、すなわち安政の大獄で吉田松陰、橋本左内、

頼三樹三郎など50余人獄に下し、そのほとんどを刑殺しました。

 

普通に写真撮ってたけど、何か写ってそうで怖い

 

 

 

 

 

十思公園

 

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残念ながら、園内が工事されており、中に入ることができませんでした

ここには、先にも記載したとおり、吉田松陰先生の終焉の地であり、碑石

があるので、ある意味ではメインとして考えてただけにかなりのショックを

受けました。(たしかこの時は6月だったと思います)

何とか入れないかと1週しましたが、やはり無理でした・・・

 

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それでは、とあたりを見回し、園内全体が見渡せる建物がないか確認。

 

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ムムム? あの建物なんて良いんじゃない??

 

ということで、早速登ってみることに。

 

 

ジャジャ~ン~~~

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木が邪魔して何も見えない。。。この日は諦めて退散する隊長

でありました。

 

 

 

 

そして、数ヵ月後・・・

 

これではブログが完成しない

どうしても諦めきれない隊長は、再度訪れるのでありました。

 

 

これが十思公園

 

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そして、これまた先に記載した「石町時の鐘 鐘撞堂跡」の鐘がここに

移設されております。

 

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またここの公園の地下から、牢屋敷の石垣が発掘されたそうなのです。

 

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そして、これが現存する石垣

 

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再度チャレンジして良かった~

 

 

 

そして最後に、吉田松陰先生の石碑を訪れのでありました。

 

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吉田松陰先生については、皆様もご存知かと思いますが、念のため

↓↓↓

http://www.yoshida-shoin.com/

 

30歳の若さで他界、それでも今なお先生と呼ばれるなんて。すごいな~

 

 

以上、日本橋~小伝馬町後編でした~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ~~~

 

 

最近、テレビで大森近辺が立て続けに放映されておりました。

(ここでは紹介しませんが、モヤさまやアド街ック天国でも大森放映してました)

 

 

その一部をご紹介・・・(しかも通勤路~)

 

まずはこちら。

とりあえず、放映された画像と同じ場所に行って撮影してきました。

 

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こちらは「相棒」です。

大森を放映したというよりは、通勤路が映ってたので、ご紹介を・・・

 

 

 

 

そして、こちらが「有吉くんの正直散歩」

でも、これ全国版かは・・・??

 

橋02

 

橋01

 

 

 

 

 

看板

 

 

看板02

 

 

 

 

 

無愛想02

 

 

ここは最近出来た? たこ焼き屋さんです。

 

 

無愛想03

 

 

 

無愛想01

 

 

 

 

 

 

ショーパンこと生野アナが、たこ焼きをこんな顔してガッツリ食べてました~

 

 

ショーパン01

 

 

 

 

 

 

ということで、私も

(本当に同じたこ焼きを食しています^^)

 

 

ショーパン02

 

ショーパンよりも、かなり不細工で、これはボカシ無しでは、お見せできる

顔ではありません。。。悪しからず

 

 

 

 

 

 

 

通勤路といえば、毎朝見ず知らずの人たちに、

「おはようございます。いってらっしゃい。」と挨拶している、おじいちゃま

もついでにご紹介します。

 

 

おじいちゃん00

 

今では、このおじいちゃまと挨拶して1日が始まるといったへんな感覚が

芽生え始めています^^ 時間にもよりますが、会えない日が続くと心配に・・・

私も仕事を引退したら、やってみようかな~

 

 

 

 

 

最後に最近のチッチ♪

 

最近は昼間一人でいることが多くなってきたチッチ。

前以上に人にくっついてくるようになってきました。

 

 

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ん~、可愛いの~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しっかし許し難いのがコイツ

(以前も登場した長女の彼氏

 

6666

 

 

うちのソファーで、うちのソファーで、爆睡

それにしても、ブッサイクな顔してんの~

 

 

 

 

まぁ、仕事疲れということもあり、百歩譲って・・・いや千歩譲って、

許すとしよう。。。

 

ただ、許せないのが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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チッチ・・・

なんで、どうして・・・  そんなやつにまでくっついて寝るんだよ~